「アジアの中の日本」という自己認識を歴史の深部からとらえる!
アジア太平洋経済圏史
川勝平太
アジア経済史家に共通する問題関心
経済史の分野では「西洋経済史」「日本経済史」を主要科目とし、「東洋経
済史」を特殊科目として講義するのが従来の状況であった。しかし、近年、い
くつかの有力大学で「アジア経済史」が新設されている。十年余り前に大阪市
立大学で設置されたのがその先駆であった。その後、慶応でも早稲田でも西洋
経済史、日本経済史と同じ主要科目として講義されている。アジア経済史を新
設する大学はこれから確実に増えるだろう。若手の研究者が増えているからで
ある。
だが、どの大学でも担当の教授がまだ『アジア経済史』と銘打った教科書を
書いていない。アジア経済史の対象をどう絞り、どういう方法論を立てて迫る
のか、まだ的が定まり切らないのが本音であろう。
本書の執筆陣のうち本野英一氏はすでに早大でアジア経済史を講じる教授で
ある。本書に寄稿した彼よりも若い執筆陣は遠からず諸大学でアジア経済史を
講じることになる新進の研究者たちである。
アジア経済史家に共通している問題関心がある。日本と東洋とをあわせて論
じること、東洋といっても従来のごとき中国中心でなく、広くアジア地域をカ
ヴァーすること、太平洋(アメリカ)や広く西洋との関係にも目をくばるとい
ったことである。なかでも、日本を「アジアの中の日本」という時空でとらえ
る姿勢が際立っている。西洋モデルで「後進日本」「低開発アジア」をとらえ
ていた経済史研究は今や昔話である。
「海洋アジアの一員」としての日本
では、アジア経済史という新しい研究領域の出現をどう考えればよいか。
その背景には、一九八五年のプラザ合意による円高誘導で、日本から近隣ア
ジア地域への直接投資が進み、アジアとの貿易が増え、アジア地域間の競争が
激化してきたという現実がある。二十一世紀はアジアの時代であり、これから
一層強まる「アジア間競争」の現実こそ「アジアの中の日本」という新しい自
己認識の核になっている。
現代日本にとって重要なアジアは、最初はアジアNIES(韓国・台湾・香
港・シンガポール)、つぎに東南アジアが加わり、現在は中国が躍進している
。中国沿岸部がその発展を担っている。どの地域も東シナ海、南シナ海に面し
ている。つまりアジア間競争が熾烈になっている現場は「海洋アジア」である
。
日本は「海洋アジアの一員」である。その中での自己認識を歴史の深部から
とらえることこそ現代的課題である。
イギリス人、フランス人、ドイツ人などは「ヨーロッパ」という時空に立脚
して自国を認識し世界を把握してきた。日本人はいま「海洋アジア」という時
空に立脚して自国を認識し世界を把握する試みを始めている。本書はその真摯
な成果である。
ヨーロッパ中心史観の克服へ向けて
それは何よりもヨーロッパ中心史観をのりこえる作業の一環である。その克
服は西洋でもおこっており、われわれは、その一つとしてA・G・フランク『
リオリエント』(山下範久訳、藤原書店、二〇〇〇年)が邦訳出版された機会
をとらえ、同様の問題意識を共有する若手の学者(中国人、トルコ人を含む)
とともに『グローバル・ヒストリーに向けて』(藤原書店、二〇〇二年)を世
に問うた。二十三名の学者が各自の問題意識を鮮明に打ち出しているが、問題
意識の表明だけではなく、それは実証研究によって裏付けられるべき課題をお
っていた。本書はそれに応えるべく五百年の歴史的展望にたって編まれたもの
である。
(かわかつ・へいた/比較経済史)