著者紹介

イバン・イリイチ

現代文明の根源を問い続けた思想家

1960~70年代、教育・医療・交通など産業社会の強烈な批判者として一世を風靡するが、その後、文字文化、技術、教会制度など、近代を近代たらしめるものの根源を追って「歴史」へと方向を転じる。現代社会の根底にある問題を見据えつつ、「希望」を語り続けたイリイチの最晩年の思想とは。

Ivan Illich(1926-2002)
1926年9月4日,オーストリアのウィーンに生まれる。父親はカトリックを信仰するクロアチア人,母親はポルトガル系ユダヤ人。
1941年,ナチの人種法の施行によって放校,フィレンツェに渡り,フィレンツェ大学で生物組織学と結晶学を研究。43~46年,司祭となるためローマのヴァチカン・グレゴリオ大学で神学と哲学を学ぶ(51年神学学士号取得)。その後オーストリアに戻りザルツブルグ大学でトインビーについて博士論文を執筆,博士号取得。52~56年,アメリカ・マンハッタンの受肉教会司教区で働く。56年,プエルトリコ・カトリック大学副学長に就任。60年,現地の司教と対立し辞職,プエルトリコを離れる。61年,メキシコ・クエルナバカにて「CIDOC」設立に参加。69年,ローマ・カトリック教会との軋轢により司祭の資格を放棄する。以後,『脱学校の社会』を皮切りとして,学校,エネルギー,医療,労働,性,言語,環境などを切り口に,近代文明の根源的な問題を提起し続けた。
2002年12月2日,ドイツのブレーメンにて死去。

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「明日というものはあるでしょう。しかし、われわれが何かを言えるような、あるいは、何らかの力を発揮できるような未来というものは存在しないのです。われわれは徹底的に無力です。われわれは、芽生えはじめた他者との友情をさらに拡大していく道を探ろうとして、対話をおこなっています。
 それゆえわたしは、〔人びとに〕いまをいきいきと生きようlet's be aliveと呼びかけます。あらゆる痛みや災いを抱えつつ、この瞬間に生かされてあることを心から祝福し、そのことを自覚的かつ儀礼的に、また率直に楽しもうと呼びかけるのです。わたしには、そのようにして生きることが、絶望やあの非常に邪悪な種類の宗教心に対する解毒剤になると思われるのです。」
生きる意味〔「システム」「責任」「生命」への批判〕より)


「わたしは学生たちにこう言いました。現代世界において生きるということがどういうことを意味するのかを理解するためには、同時に二つの誘惑から遠ざかっていなければならないと。
 第一の誘惑は、わたしが『黙示録的な放縦さ』と呼ぶものです。強い自制心をもって慎むべきです。また、他方では、あらゆる種類のロマンティシズムを慎むべきです。それは、われわれが生きる場であると同時に、われわれが生みだしてきたものでもある社会を直視するために必要であり、また、それを直視することに伴う苦しみに耐えるために、あるいはかろうじて耐えるために必要なのです。」
生きる意味〔「システム」「責任」「生命」への批判〕より)


「現代の一つの相は無償性の喪失である、というのがわたしの強い確信であり、二十世紀の多くの重要な著作家や思想家に依拠して裏打ちすることもできると思います。(…)
 近代の終わりにあって、どこか目的追求的なところがなくても、善であり美であるような行為を想像することはとても難しくなりました。(…)打ちのめされたユダヤ人が目の前にいることが、サマリア人の臓腑に惹き起したものは、目的追求型の反応ではなく、報酬を求めない無償の反応、善の反応です。
 そしてわたしが主張したいのは、この可能性の回復が、わたしたちが今こうしてここで話し合っていることの基本的問題点であるということです――美であり善である生は、まずなによりも無償の生であるという可能性、そしてこの無償の行為は、もしあなたによって開かれ、誘発されるのでなければ、わたしの中から流れ出ることもない何かなのです。」
生きる希望〔イバン・イリイチの遺言〕より)