著者紹介

鶴見和子

“異なるものが異なるままに”ともに生きる――

 「姉は亡くなる直前に、私に向かって、『あなたは私を一生ばかにしていたんでしょう』といいました。私は黙っていましたが、それはどの教室でも優等生にたいして劣等生がもつ気分であって、統計上の事実です(笑)。
 その統計を離れて、鶴見和子自身の一生を見ると、それは80年に近い前半生と、10年を越える後半生に分かれると思います。前の80年は世のしきたりにしたがって努力する道すじで、後の10年は長い前半生の実績、蓄積から養分を汲み取って表現する活動でした。こういう生涯の形はめずらしいと私は思います。
 脳出血で倒れてからの11年、姉の暮らしは和歌中心になりました。そして、噴きだしてきた歌によって、これまでの自分の学問が再編成されていきました。彼女の社会学もそうですし、水俣の経験もそうです。彼女の『詩学』が、彼女の学問を引っ張っていく力になったのです。こうしたことは、日本の学問の歴史にはめずらしい、また日本を超えて、学問の世界全般においても、めずらしいことではないかと思います。」(鶴見俊輔)

鶴見和子(1918―2006)
1918年生。上智大学名誉教授。専攻・比較社会学。1966年プリンストン大学社会学博士号を取得。1969年より上智大学外国語学部教授、同大学国際関係研究所員を務める(1982―84年、同所長)。1995年南方熊楠賞受賞。1999年度朝日賞受賞。15歳より佐佐木信綱門下で短歌を学び、花柳徳太郎のもとで踊りを習う(20歳で花柳徳和子を名取り)。1995年12月24日、自宅にて脳出血に倒れ、左片麻痺となる。2006年歿。
著書に『コレクション鶴見和子曼荼羅』(全9巻)『歌集 回生』『歌集 花道』『鶴見和子・対話まんだら』(以上、藤原書店)など多数。

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