PR誌「機」

2003年7・8月号

歴史の沈黙 持田明子

「女性史」研究の世界的第一人者、積年の労作の集大成!


女性の歴史を書くこと
 本書は、アナール派の中心人物G・デュビィとともに、女性史研究者七〇名のグループを率いて、浩瀚な『西洋における女性の歴史』(全五巻)(邦訳『女の歴史』藤原書店)を完成させた、ミシェル・ペローの二〇余年にわたる「女性の歴史」に関する主要論文を集めたものである。著者自らの言葉を借りるならば、「個人的な道のりと同時に、共同の冒険を浮かび上がらせる」二五篇の論文が、産業革命以後のフランス社会の中の〈女性の世界〉を重層的に照射する。 「沈黙は社会、家族、そして身体の規律であり、同時に、政治的、社会的、家族的な規範である」と著者は言う。女性の歴史を書くことは、沈黙を強いられてきた女性たちが残した記憶のわずかな痕跡を丹念に拾い集め、その姿を見えるようにすることである。
 たとえば、第1部「『痕跡』としての女性史」では、偶然著者の手元に届いた、「カロリーヌ・ブラムの日記」と手書きされた八つ折の褐色のノート――一九世紀後半のパリの貴族街に暮らした若い女性の私的な日記。遠い過去からの細く長い糸を手繰るように、一葉一葉、ゆっくりと頁を繰ることで、現実に生きた一人の女性の、信仰に篤い日常生活が細部にわたって再構築される。娘らしい笑い声、ひそやかなため息、押し殺した嗚咽が我々の耳に響く。そして、その背後に、この時代の、この階層の女性たちの人生が鮮やかに浮かび上がる。
 あるいは、マルクスの三人の娘たち、ジェニー、ローラ、エリナが交わした数多くの手紙から、「巨人」の(その死後さえも)大きく、重い影に覆われた、三様の〈女性の生涯〉が現出する。『資本論』、インターナショナル、コミューン……の時代と社会。現実の苦境からの、唯一の出口であるかのように、自らの生に終止符を打ったエリナ……。
 一方、第部「都市と女性」では、十九世紀の都市空間の性別化や、公的空間からの女性の締め出しが語られる。フランスで女性が選挙権を獲得するのは第二次世界大戦後のことである。

サンドへの関心の高さ
 ところで、本書でも大きな紙幅が割かれているジョルジュ・サンド(一八〇四―七六)にペローは大きな関心を抱いているように思われる。一九七七年に、サンドの政治的論文集を編纂し(邦訳『サンド――政治と論争』藤原書店)、「この女性の冒険には普遍的広がりと輝かしい今日性がある。サンドは我々の同時代人である」と言明した。今年初め、二〇〇四年のサンド生誕二〇〇年を機に《サンドのパンテオン[フランス国家に対して偉大な貢献をした人々を合祀する霊廟]入り》の推進を目的とした国の委員会が設立され、委員の一人に就任した。この運動に対する賛否両論が『ル・モンド』紙を中心にメディアを賑わせたことは記憶に新しが、五月半ばに著者から頂いた手紙に、「目下、私はジョルジュ・サンドに囚われています。彼女についてラジオ(「フランス・キュルチュール」)の三十分番組で、五回話すために、準備しています。これは楽しいことです」とあった。
 本書の序文の中で著者が回想したその少女時代、ボーヴォワールの『第二の性』の衝撃、ソルボンヌ大学の専任講師であった〈六八年五月〉の日々。その沸き立つような熱気の中で、重ねられた議論の中から生まれたという、新しい〈女性の歴史〉研究の形成過程は、ミシェル・ペローという女性史研究の世界的第一人者の研究者としての〈道程〉を語るものに他ならず、その声を直接に聴く思いで、ひときわ心に響くテクストであった。

(もちだ・あきこ/九州産業大学教授)

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